「壁の向こうの住人たち アメリカ右派を覆う怒りと嘆き」②

著者のホックシールドは、ルイジアナの住人の心情を理解する方法を、ディープストーリーを探ることで見出そうとした。

私は、山頂の向こうにあるアメリカンドリーム(親のように、自分も前の世代より裕福になる)に続く長い列に、辛抱強く並んでいる。一所懸命働いているのに、列は動かないどころか、後ろ向きに進んでいるような気さえする。私は前向きな人間なので、いつか恩寵があるものと信じ、家族や教会を助けたいと思っている。つねに清く正しい生き方や一夫一婦制の異性間結婚を支持し、キリスト教徒であることに誇りを持っている。すると、列に割り込んでくる人間(女性、移民、公共セクターの職員など)がいる。彼らは私よりも雇用や福祉、給付金などで優先され、自分の納めた税金はリベラルのせいで彼らに湯水のように使われている。割り込みを手助けしているのはオバマ大統領だ。そもそも大統領夫妻自身、列に割り込んだ人であり、“あいつら”の大統領であっても私の大統領ではない。

ホックシールドのディープストーリーを聞かされたルイジアナの人たちは、口々に「まさにそのストーリーどおりの人生を送っている」と答えた。

アメリカンドリームは、もはや大多数のアメリカ人にとって砂上の楼閣のようなものである。
1950年以降に生まれた人は成人後、人生のすべてのステージで、10歳上の世代より収入や資産が低くなった。

オートメーション化とグローバル化の進展で、工場が海外に移転し、黒人や女性が仕事に進出するようになって、中間層・労働者層の白人男性と彼らに頼っている女性たちは苦境に陥り、じょじょに右へと傾く人が増えていった。

彼らは今回の大統領選でもちろんトランプに投票したに違いない。

しかし、黒人や女性もそれまで白人男性のものだった仕事に就けるようになったのは、「割り込み」でもなんでもなく、むしろそれまでの白人男性優位の社会がおかしかったと言わざるを得ない。

選挙後「オバマケアはいらない、ACAさえあれば」などといい(オバマケアとACAは同じもの)、トランプ当選後に自分や家族の命綱になっているACAがなくなるかもしれないとわかって嘆く人のSNS投稿が、リベラル側の冷笑を浴びているのを見た。

SNSを見ていると、リベラルが「クレージーレッドネック」「ホワイト・トラッシュ」「ヒルビリー」に向ける視線がどんなものかが感じられた(そういえば副大統領は「ヒルビリー・エレジー」の著者である)。

cotton field

私自身、この本を通して得たルイジアナ州の人々の印象は以下のようなものだった。

  • 考え方に非合理的なところがある
  • ものごとを単純に捉えすぎている
  • 視野が狭い
  • 自分を客観視できていない
  • 社会を俯瞰的に捉えられない
  • 目先の利益につられやすい

これは南部の保守的な気質、貧困、宗教(原理主義的な福音派が多い)、偏向した内容で不安をあおるFOXニュースの合わせ技のなせるところではないだろうか。
(これ、日本の“ネトウヨ”にも通じる部分多い…彼らはあまり宗教とか関係なさそうなんだが)

巻末にホックシールドが彼らの共通認識(政府は福祉にお金をたくさん使っている/貧しい人はみんな給付金をもらっている/公務員は給料をもらいすぎている/環境規制が厳しければ厳しいほど、雇用は減少するなど)を一つ一つ検証し、それらが事実に基づかない思い込みであることを示している。

New Orleans

次期政権で「政府効率化省(DOGE)」のトップに指名されたのはイーロン・マスクだが、委員会の公式Xアカウント(@DOGE)は13日に開設された。最初の投稿は「みなさんの税金が賢く使われるよう、残業して取り組んでいます!」だった。

まさにルイジアナの人たちの喜びそうな言葉だが、現実はリベラルが多い「青い州」から税金を吸い上げて分配してもらうのは、小さな政府を支持している人の多い「赤い州」であり、政府が富の再分配を縮小すれば、打撃を受けるのは彼らなのだ。

マスクの会社はといえば、テネシー州にあるAI企業「xAI」のデータセンターは深刻な大気汚染を引き起こし、テキサス州にあるテスラの工場が有害な汚染物質を数カ月にわたって垂れ流したことも発覚している。

共和党指名争いに立候補した際、連邦政府職員の75%以上を解雇し、教育省や連邦捜査局(FBI)、アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局など、いくつかの主要連邦機関を閉鎖すると主張していたヴィヴェック・ラマスワミも政府効率化省のトップになる。

まだ存命のホックシールドは、今回の選挙結果を見てどう思っただろうか。
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トランプは不法移民を国外追放すると主張しているが、移民排除には膨大な費用(最大145兆円)がかかる。

その根拠として「不法移民の犯罪率は高い」ことがあげられているが、実際には強盗や殺人などの暴力犯罪を割合は米国生まれの市民よりはるかに低い(4分の1以下)だという。

彼らは一般的にアメリカ人がやりたがらない仕事(建設業、農業など)に従事しているので、「不法移民が米国人の仕事を奪っている」ともいえない。

不法移民が短期間に強制送還されれば、これらの業界では深刻な人手不足が予想される。しかも、彼らが納める税収は約14兆円あり、これも失われる。

農業での人手不足は農産物の価格高騰につながるので、食糧を輸入に頼っている日本も対岸の家事ではない。