作品詳細
- Title:雪中相合傘 Lovers Sharing an Umbrella
- Artist:鈴木春信 Suzuki Harunobu
- Medium: Woodblock print (nishiki-e); ink and color on paper
鈴木春信は和紙、墨、絵具に当時の最高級の画材を使いました。特に紙は、浮世絵版画では「本柾(ほんまさ)」と呼ばれる最高級の奉書紙で、春信の錦絵はほかの絵師のものに比べて何倍も高価なものだったそうです。
着物の模様表現には、版木に絵の具をつけず摺ることで凹凸を作る「空摺(からずり)」と呼ばれる摺りの技法が用いられています。
雪の部分は、絵を版木にのせ、絵具をつけずに板の窪んだ部分を紙の裏から刷毛やブラシで叩くように隆起させ画面の一部分に立体感を出す「きめ出し」という技法で表現されています。
世の常の汚れをおおい、みだりがわしいもの音を吸い込んで消す雪一面の銀世界、その清らかなしじまのなかを、お高祖頭巾に寒さをしのいで、年若い男女が静かに歩を進める。傘の柄にかぼそい指をそれぞれに添えて、降り積む雪の重みを支えあう二人は、恍惚と放心する甘美な無表情を守っている。まるで、恋におちた身のみが知る心の重荷を、ともにいつくしみ、たしかめあっているかのように。
現実との密接なかかわりあいの中で作画する通例の浮世絵師とはことなって、春信は、伝統的画題や古典和歌に取材する見立絵に、特異な境地をひらいた画家として知られている。この図においても、漢画方面の好画題である「雪中鴛鴦(おしどり)図」が見立の原点に準備されていることを知るべきであろう。事実春信は図上に「つらからし(じ)うらやましくもおし鳥の羽子をかはせるちき(ぎ)りなりせば」の和歌を記し、本図と似た雪中相合傘の男女が、おしどりの仲むつまじい姿を見守る図柄の錦絵も、別にのこしている。ここでは、そうした発想の契機となるものをかくし、ちぎりかわした相愛の男女を雪景のうちに置くのみにとどめて、見立の意図をゆかしく暗示させたものであろう。灰色の雪空をバックに、黒と白との着衣がさわやかな対比をみせ、傘裏の黄や下着の紅などが、画面にわずかな明るさとはなやぎの色を添えている。錦絵の創始者とうたわれる春信にしては意外に地味な配色だが、その色彩感覚はさすがに品よく洗練されている。
青春の画家春信は、プラトニックな愛をかわす美貌の男女を、好んで題材に選んだ。なかでも、この「雪中相合傘」という趣向はことさら意にかなうものであったのか、中判の本図に傘の雪に輪郭線が加わるなどの異版があるほか、大判や柱絵判などの特殊な判式にも、同工の作品をいくつか伝えのこしている。(小林)
『原色日本の美術17 風俗画と浮世絵師』
現実との密接なかかわりあいの中で作画する通例の浮世絵師とはことなって、春信は、伝統的画題や古典和歌に取材する見立絵に、特異な境地をひらいた画家として知られている。この図においても、漢画方面の好画題である「雪中鴛鴦(おしどり)図」が見立の原点に準備されていることを知るべきであろう。事実春信は図上に「つらからし(じ)うらやましくもおし鳥の羽子をかはせるちき(ぎ)りなりせば」の和歌を記し、本図と似た雪中相合傘の男女が、おしどりの仲むつまじい姿を見守る図柄の錦絵も、別にのこしている。ここでは、そうした発想の契機となるものをかくし、ちぎりかわした相愛の男女を雪景のうちに置くのみにとどめて、見立の意図をゆかしく暗示させたものであろう。灰色の雪空をバックに、黒と白との着衣がさわやかな対比をみせ、傘裏の黄や下着の紅などが、画面にわずかな明るさとはなやぎの色を添えている。錦絵の創始者とうたわれる春信にしては意外に地味な配色だが、その色彩感覚はさすがに品よく洗練されている。
青春の画家春信は、プラトニックな愛をかわす美貌の男女を、好んで題材に選んだ。なかでも、この「雪中相合傘」という趣向はことさら意にかなうものであったのか、中判の本図に傘の雪に輪郭線が加わるなどの異版があるほか、大判や柱絵判などの特殊な判式にも、同工の作品をいくつか伝えのこしている。(小林)
『原色日本の美術17 風俗画と浮世絵師』