ピロスマニ

ニコ・ピロスマニ(Niko Pirosmani/Нико Пиросмани)

Niko_Pirosmani_1916

  • プリミティズムの代表的な画家。
  • フランス人女優マルガリータとのロマンチックな伝説は、アンドレイ・ヴォズネセンスキーの詩「百万本のバラ」によって有名になり、歌がヒットした。
  • 1912年、休暇でチフリスを訪れた前衛芸術家に「発見」され、1913年「標的」展に出品した。

生涯

  • 1862年 グルジア東部のカヘティ地方ミルザーニに生まれる。父アスラン・ピロスマナシヴィリは貧しい農夫で4人兄弟の末っ子といわれる。本名はニコロズ・ピロスマナシヴィリ。
  • 両親と兄が相次いで亡くなる。
  • 1870年 2人の姉とチフリス(現トビリシ)に移る。
  • 10~12歳頃 姉が亡くなり、親戚の貴族カランタロフ家に引き取られる。
  • 十代のはじめ 印刷所で徒弟奉公。
  • 1890年 カランタロフ一族の10歳年上の寡婦エリザベート・ハンカラモーヴァに恋文を書くが拒絶され、一家を出る。鉄道会社で4年ほど働く。
  • 1894年 鉄道会社を辞め、退職金を元手に友人と乳製品や日用品を扱う店を開く。町を訪れたフランス人の歌手マルガリータに出会う。マルガリータに恋したピロスマニが、彼女の滞在するホテルの前の広場を花で埋めつくしたというエピソードが残っている。マルガリータは彼を受け入れず、パリに帰る。
  • 居酒屋の看板や壁画の報酬に食事を得るという放浪の生活に入る。
  • 1912年 ペテルブルグからきたイリヤ・ズダネーヴィチ、キリール・ズダネーヴィチ、ミハイル・レ=ダンチュに見出される。3人はミハイル・ラリオーノフを中心としたグループに属していた。
  • 1913年 ラリオーノフが組織し、モスクワで開かれた「標的」展に参加。
  • 1916年 グルジア画家協会会員となる。新聞にピロスマニの風刺記事が掲載される。
  • 1918年 死去。

代表作

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