「聖アントニウスの誘惑」はキリスト教の宗教画においてしばしば取り上げられた画題です。荒野で瞑想にふけるアントニウスに悪魔が襲いかかったり誘惑したりして堕落させようとするというエピソードを描いています。
ボスの主要作品にはトリプティック(三連祭壇画)が多いのですが、これもその一つ。
これを見ていると、まったく、どうやってボスはこんなものを創造することができたのだろうと驚歎せずにはいられない。これはグリューネヴァルトの描いたような悪魔による聖者への暴力行為ではなく、かといってまた魔女の饗宴といった悪の支配する世界を描いたものでもない。この誘惑図は地獄ではなく、ここに悪魔はいず、むしろ世界の関節が外れてしまったのでこんな魔物どもがこの世に湧いてしまったというかのようだ。単純にどれが悪、どれが善と識別できない怪物たちがここにはいる。
『ヒエロニムス・ボス「悦楽の園」を追われて』(中野孝次)
『ヒエロニムス・ボス「悦楽の園」を追われて』(中野孝次)
翼のあるカエルの化物によって運ばれる聖アントニウスと、彼を木の枝で叩こうとする魔物
「怠け者」と書かれた紙をクチバシに刺し、スケート靴をはいたグリロ
背に教会の尖塔をのせ、盾が車輪になっている戦車のような魚の怪物
魚はキリストの象徴ですが、ボスは悪と愚行のシンボルとしても用いています。
作品詳細
- Title:聖アントニウスの誘惑(左翼) The Temptation of St. Anthony (left wing)
- Artist:ヒエロニムス・ボス Hieronymus Bosch
- Dimensions:135×53cm
- Medium:板に油彩 Oil on panel
- Date:1505-10年頃
- Owner:国立美術館、リスボン