ラファエル前派

1837年、18歳の王女ヴィクトリアが大英帝国女王の位につきます。ヴィクトリア女王は国民に人気がありましたが、1848年のフランスの二月革命はヨーロッパ各地の共和主義に影響を及ぼしました。

イギリスでは革命は起きませんでしたが、美術界ではロイヤル・アカデミーに反発し、新しい潮流を生み出そうとするグループが登場しました。ラファエル前派はロセッティ、ミレイ、ハントらが1848年に結成しました。

ラファエル前派という名称は、ラファエロ以前の芸術、つまり初期ルネサンスの理想に立ち戻ることを目指すという意味から名づけられました。しかし、グループ全体では特に明確な理論はなく、実際には、15世紀のフランドル絵画やティツィアーノなどを手本としました。

ラファエル前派の特徴は、細かい観察による細密な描写にあります。

初期のラファエル前派は1850年代半ばに終わり、その後、ロセッティを中心に第2次ラファエル前派が始動してモリスやバーン=ジョーンズが参加します。

彼らは中世ゴシックや騎士物語を舞台に、ロマンティックで陶酔的な女性を描きました。

ミレイ「オフィーリア」
ミレイ「オフィーリア」

バーン=ジョーンズの装飾的、神秘的な画風は、フランスのモローやシャヴァンヌ、ベルギーのクノップフなど、象徴主義の画家に刺激を与えました。

バーン=ジョーンズ「廃墟の中の恋」
バーン=ジョーンズ「廃墟の中の恋」

ラファエル前派と日本

860年代の初めからロンドンにもたらされた日本美術はジャポニズムの流行を生み、ラファエル前派を含む多くのイギリス人画家の作品に日本のモチーフが登場しました。

逆に、ラファエル前派などのイギリス美術も、日本の文学や美術に影響を与えました。夏目漱石はロンドンで見たミレイの「オフィーリア」のイメージを「草枕」のヒロインに反映させています。

青木繁はロセッティやバーン=ジョーンズが神話や物語主題の作品を扱っていたことから、日本やアジアの神話を主題に形態や構図も取り入れた絵画を制作しました。

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