奥に見える白っぽい建物が端島小中学校。
7階建ての合同校舎で1階から4階が小学校、5階と7階が中学校、6階が講堂兼体育館。
手前の丸い屋根は体育館。小中学校は左手の65号棟と最上階で連絡していた。
65号棟の屋上には町立幼稚園と保育園があった。
中ノ島(中央)、高島(左)、奥に長崎半島が見える。かつては中ノ島、高島にも炭鉱があった。
軍艦島に火葬場はなく、島で死人が出ると中ノ島の火葬場まで運んでいた。
島には高校がないので、高校は高島高校に船で通った。島民の高校・大学への進学率は高かった。
日が当たらない高層アパートの下層階に住む子どもたちに日の光を浴びさせるために、学校の窓は大きめになっている。
雑草の生い茂る校庭。島最大の平地で、各種団体の運動会もここで行われた。
野球は小学校の校庭、といっても50m四方ほどの猫の額のようなものだがここでやっている。外野をとるだけの余地がなく。守備は内野だけの野球、ホームランはおろか、ボールが内野を一寸こえれば外は海であるから、守備は必死である。これできたえるので端島のチームは強いという自慢をきかされた。(「軍艦島の生活<1952/1970>: 住宅学者西山夘三の端島住宅調査レポート」)