印象派

ドガ「舞台のバレエ稽古」
印象派

印象派の父といわれるマネが描いた「草上の朝食」と「オランピア」は、どちらもスキャンダルを巻き起こしましたが、その明るい画面は多くの若い画家をひきつけました。

19世紀のフランスの画家にとって、サロンは作品を公表できるほとんど唯一の場でしたが、審査基準は保守的で、無名の若者たちの新趣向の絵画は落選の憂き目をみていました。

モネ、ルノワール、ドガ、シスレーらは1874年に印象派展を開催し、第8回までにのべ55人の画家が出品しました。「印象派」という名称は、モネの作品『印象・日の出』にちなみます。 “印象派” の続きを読む

ラファエル前派

ミレイ「オフィーリア」
ラファエル前派

1837年、18歳の王女ヴィクトリアが大英帝国女王の位につきます。ヴィクトリア女王は国民に人気がありましたが、1848年のフランスの二月革命はヨーロッパ各地の共和主義に影響を及ぼしました。

イギリスでは革命は起きませんでしたが、美術界ではロイヤル・アカデミーに反発し、新しい潮流を生み出そうとするグループが登場しました。ラファエル前派はロセッティ、ミレイ、ハントらが1848年に結成しました。 “ラファエル前派” の続きを読む

バルビゾン派

ミレー「落ち穂拾い」
バルビゾン派

19世紀の前半から半ばにかけて、コローとミレーがフランス美術に新しい息吹をもたらしました。

彼らは現実から多くを学び、戸外での写生によって自然のあるがままの姿を描く技術を習得しました。そのうえで、対立する概念であった自然と人間との関係に対する新しい解釈を美術に持ち込み、それを融合させるような方向を目指しました。 “バルビゾン派” の続きを読む

写実主義

クールベ「画家のアトリエ」
写実主義

1789年のフランス革命以後、7月革命と2月革命がおきましたが、いずれも王政を倒し、人民の権利と平等を手に入れることを目指したものでした。共和制の理想を実現しようとする動きは美術にもおよび、サロンにも日常的で現実的なことを題材にする写実主義が現れます。

クールベは主題や表現で斬新な試みを行って世間を驚かせ、ミレーやドーミエらも貧しい労働者を力強く描いて新しい分野を開拓しました。 “写実主義” の続きを読む

プレ・ロマン主義

フュースリ「夢魔」
プレ・ロマン主義

18世紀のヨーロッパでは、政治・思想・文化などあらゆる領域において、理性と進歩を信じる啓蒙主義の風潮が高まりました。

しかし、世紀末が近づくと、理性の枠内に収めきれない不合理なものや神秘的なものに対する関心が芽生えてきます。

絵画においても、夢や幻想。あるいは狂気や妄想の世界を表現しようという動きがおこります。 “プレ・ロマン主義” の続きを読む

スペインのロマン主義

ゴヤ『マドリード、1808年5月3日』
スペインのロマン主義

スペインでは、ゴヤが18世紀から19世紀への架け橋となりました。

ゴヤは王室のタペストリー工場の下絵描きから出発して宮廷画家になり、ロココ風の華麗な色彩と流麗なタッチの絵を描いていました。しかし、病気で聴覚を失い、流行画家から人間の内面を赤裸々に描く画家へと転換していきます。 “スペインのロマン主義” の続きを読む

ドイツのロマン主義

ルンゲ「朝」
ドイツのロマン主義

19世紀初頭における西欧美術の主流は、古代ギリシャ・ローマを源とし、イタリア・ルネサンスに花開き、フランスに受け継がれる地中海文化圏の伝統でした。

このラテン系民族の美術に比べ、ドイツの美術は宗教改革に続く混乱期以降、きわだった成果がありませんでした。

ナショナリズムの時代を生きたドイツ・ロマン主義の画家たちの課題は、いかにしてドイツ固有の文化を再生させるかということでした。 “ドイツのロマン主義” の続きを読む

フランスのロマン主義

ジェリコー「エプソムの競馬」
フランスのロマン主義

ナポレオンが退位すると、その主席画家だったダヴィッドはブリュッセルに亡命しましたが、ダヴィッドの弟子、グロやジェラールなど新古典主義の画家は、1814年の王政復古の後も、画壇の重要な位置を占め続けました。

しかし、帝政期にもてはやされた英雄的な戦闘図や軍人の所蔵画など、新古典主義の様式にふさわしい主題は時代の好みに合わず、画家たちは新たなテーマと表現方法を模索しはじめます。 “フランスのロマン主義” の続きを読む

ロマン主義

ロマン主義

ロマン主義は、まず文学で運動が起こり、絵画に関しては18世紀後半に始まります。

新古典主義がギリシア美術を唯一の美の基準としたのに対し、ロマン主義は多様な美しさを主張しました。

激動感のあるドラマチックな表現が用いられ、時事的な事件や小説、オリエンタルなモチーフなどが題材に選ばれました。

新古典主義

新古典主義

18世紀半ばから19世紀初めにかけて流行した新古典主義は、古代に完成された「理想の美」を目指しました。

18世紀前半、イタリアのポンペイなど、遺跡の発掘が相次ぎ、ヨーロッパで古代ギリシア・ローマへのあこがれが高まりました。

ドイツの考古学者ヴィンケルマンの著書「ギリシア芸術模倣論」はヨーロッパで反響を呼び、多くの画家が古典を理想とする彼の考えに共鳴します。 “新古典主義” の続きを読む