ナイーヴ・アート/素朴派

ルソー「眠るジプシー女」
ナイーヴ・アート/素朴派

素朴派とは、独学で独自の画風を生み出した画家たちを指す名称で、特定のグループや流派の集まりではありません。

ルソーは素朴派のなかで最も有名ですが、税関に勤めながら絵を描く日曜画家でした。41歳でサロンにはじめて出品しますが、落選。49歳で仕事をやめ、創作活動に専念します。 “ナイーヴ・アート/素朴派” の続きを読む

デ・スティル

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デ・スティル

第一次大戦が終わると、オランダや東欧で前衛的な動きがさかんになってきます。その主要なメディアは、美術作品自体や展覧会というよりも、同人誌的な美術雑誌であり、これを土台にしたネットワークが、1920年代の美術動向を大きく左右することになります。

なかでも注目されたのが1917年にオランダのライデンで創刊された「デ・スティル」でした。「デ・スティル」とは、オランダ語でスタイル(様式)を意味し、この雑誌を発行したドゥースブルフを中心とするグループです。 “デ・スティル” の続きを読む

シュルレアリスム

RENE MAGRITTE
シュルレアリスム

シュルレアリスム(超現実主義)は、ダダの破壊精神を受け継ぎながら、夢や無意識の世界にも踏み込みました。合理的、科学的なものに縛られない世界、理性や意識にコントロールされていては到達できない無意識の世界に、解放された精神を見出そうとしたのです。

そのために自動記述(オートマティズム)という表現方法がとられました。 “シュルレアリスム” の続きを読む

ダダイズム

Schwitters
ダダイズム

1916年、第一次大戦の混乱に嫌気がさして、中立国であるスイスのチューリヒに集まった芸術家たちによって、従来の芸術を根底から否定する過激なダダイズム運動が起こりました。

盛り場にあるキャバレー・ヴォルテールを舞台にして、詩人フーゴー・バル、トリスタン・ツァラ、リヒャルト・ヒュルゼンベックらは奇抜な扮装で登場し、観客への挑発的な行為を繰り返しました。

美術家では、抽象表現を模索するいっぽうで、紙をまきちらした作品などで偶然の法則を制作に導入したハンス・アルプが参加しました。 “ダダイズム” の続きを読む

ロシア・アヴァンギャルド

ロシア・アヴァンギャルド

近代化をすすめるロシアでは、20世紀を迎えると、フランスを中心とする西欧の近代美術を積極的に受け入れようとする動きが活発になります。

革命期と平行した、この1910年代~20年代にかけての急進的な美術運動をロシア・アヴァンギャルドと呼びます。 “ロシア・アヴァンギャルド” の続きを読む

エコール・ド・パリ

モディリアーニ「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」
エコール・ド・パリ

第一次大戦後、フランスは愛国心をさらに称揚するとともに、人間性の回復、西欧および自国の芸術の伝統復興をとなえました。

ルーヴル美術館の再開に続き、古典的伝統を代表する絵画がもてはやされ、作品の主題は、祖国の風景や伝統的な人物像、女性ヌードなどが多くなりました。

ブラックやレジェのように戦場に赴く者もいて、パリの前衛芸術の原動力になっていた芸術家たちのコミュニティはいったん解体します。 “エコール・ド・パリ” の続きを読む

イタリア未来派

イタリア未来派

キュビスムと同じ時期に、イタリアでは未来派が起こりました。1909年2月、詩人マリネッティがフランスの新聞「フィガロ」に掲載した未来派宣言によって、その名は全世界に広まりました。

マスメディアをたくみに利用した点に、この運動の特色が現れています。未来派という名称は、20世紀初頭において、19世紀末の文化・社会の名残を捨て去る新しい響きを持っていました。 “イタリア未来派” の続きを読む

キュビスム

キュビスム

色の解放の次に、形の解放であるキュビスムが起こります。ピカソとブラックによって始まったこの運動は、強い感情を表現しようとするフォーヴィスムなどの表現主義的な考え方と違って、形を論理的に解放しました。

ピカソが1907年に制作した「アヴィニョンの娘たち」では、対象は幾何学的で単純な形態に還元され、遠近図法を使わない奥行きの浅い絵画空間で構成されています。 “キュビスム” の続きを読む