象徴主義

クリムト「接吻」
象徴主義

19世紀後半、産業革命以来の技術革新で、社会はベル・エポックと呼ばれる華やかな時代を迎えました。その時代に生まれた象徴主義は、物質主義社会への反抗として、神秘的なもの、超自然的なものを表現しようとしました。

フランスではシャヴァンヌやモローが現れ、象徴主義のさきがけとなります。 “象徴主義” の続きを読む

ポン・タヴェン派とナビ派

セリュジエ「護符」
ポン・タヴェン派とナビ派

1880年代後半、フランス北西部ブルターニュのポン・タヴェン村には印象派や点描派、バルビゾン派風などの芸術家が集まっていました。

ゴーギャンを中心にベルナール、セリュジエ、ラヴァル、メイエル・ド・ハーンらからなるグループはポン・タヴェン派と呼ばれます。 “ポン・タヴェン派とナビ派” の続きを読む

後期印象派

ゴッホ「種まく人」
後期印象派

1880年代になると、印象派の画家たちの結びつきは薄くなり、1886年の印象派展が最後の開催になりました。

モネをはじめとした印象派の画家たちは、純粋な「目」になろうとしました。しかし、後期印象派のセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホは、それだけでは満足できず「絵とは何をすべきか」を改めて追求しました。 “後期印象派” の続きを読む

新印象主義

新印象主義

最後の印象派展となった1886年の第8回展では、はじめて参加したスーラやシニャックの絵画が注目されました。

スーラとシニャックは、1884年に開かれた第1回アンデパンダン展で出会いました。

スーラは明確な形態と構成を重視する古典主義的な資質を持った画家でした。彼がこの展覧会に出品した「アニエールの水浴」は、印象派風の主題でありながら、楽しげなにぎわいよりも静かな秩序が支配しています。 “新印象主義” の続きを読む

印象派

ドガ「舞台のバレエ稽古」
印象派

印象派の父といわれるマネが描いた「草上の朝食」と「オランピア」は、どちらもスキャンダルを巻き起こしましたが、その明るい画面は多くの若い画家をひきつけました。

19世紀のフランスの画家にとって、サロンは作品を公表できるほとんど唯一の場でしたが、審査基準は保守的で、無名の若者たちの新趣向の絵画は落選の憂き目をみていました。

モネ、ルノワール、ドガ、シスレーらは1874年に印象派展を開催し、第8回までにのべ55人の画家が出品しました。「印象派」という名称は、モネの作品『印象・日の出』にちなみます。 “印象派” の続きを読む

ラファエル前派

ミレイ「オフィーリア」
ラファエル前派

1837年、18歳の王女ヴィクトリアが大英帝国女王の位につきます。ヴィクトリア女王は国民に人気がありましたが、1848年のフランスの二月革命はヨーロッパ各地の共和主義に影響を及ぼしました。

イギリスでは革命は起きませんでしたが、美術界ではロイヤル・アカデミーに反発し、新しい潮流を生み出そうとするグループが登場しました。ラファエル前派はロセッティ、ミレイ、ハントらが1848年に結成しました。 “ラファエル前派” の続きを読む

バルビゾン派

ミレー「落ち穂拾い」
バルビゾン派

19世紀の前半から半ばにかけて、コローとミレーがフランス美術に新しい息吹をもたらしました。

彼らは現実から多くを学び、戸外での写生によって自然のあるがままの姿を描く技術を習得しました。そのうえで、対立する概念であった自然と人間との関係に対する新しい解釈を美術に持ち込み、それを融合させるような方向を目指しました。 “バルビゾン派” の続きを読む

写実主義

クールベ「画家のアトリエ」
写実主義

1789年のフランス革命以後、7月革命と2月革命がおきましたが、いずれも王政を倒し、人民の権利と平等を手に入れることを目指したものでした。共和制の理想を実現しようとする動きは美術にもおよび、サロンにも日常的で現実的なことを題材にする写実主義が現れます。

クールベは主題や表現で斬新な試みを行って世間を驚かせ、ミレーやドーミエらも貧しい労働者を力強く描いて新しい分野を開拓しました。 “写実主義” の続きを読む

プレ・ロマン主義

フュースリ「夢魔」
プレ・ロマン主義

18世紀のヨーロッパでは、政治・思想・文化などあらゆる領域において、理性と進歩を信じる啓蒙主義の風潮が高まりました。

しかし、世紀末が近づくと、理性の枠内に収めきれない不合理なものや神秘的なものに対する関心が芽生えてきます。

絵画においても、夢や幻想。あるいは狂気や妄想の世界を表現しようという動きがおこります。 “プレ・ロマン主義” の続きを読む