イギリスのロマン主義

イギリスのロマン主義

イギリスではロマン主義は風景画に現れました。

いまなおイギリス最大の風景画家と称えられるウィリアム・ターナーは、24歳でロイヤル・アカデミー準会員に選ばれて76歳で世を去るまで、イギリス画壇の中心的存在でした。

ターナーは地誌的風景を描く画家として出発しますが、大英帝国最盛期の画家らしく、イギリスのみならず、イタリアやアルプス渓谷、西インド諸島の火山など、幅広い画題を取り上げました。

そこに描かれるモチーフも朝日や夕日の光、蒸気機関車、汽船、国会議事堂の炎上など、バラエティに富んでいます。モチーフの形は朦朧とし、光と色彩が溶け込む幻想的な風景画は、当時としては革新的なものでした。

カンスタブルは故郷のサフォークや一時住んだロンドンなど、自分になじみのある地域を画題としました。当時、風景画家として大成する近道は、過去の巨匠の作品を模写することでした。そうした風潮に反して、カンスタブルは戸外でのスケッチに励み、「6フィート・カンヴァンス」と呼ばれる大作を次々にロイヤル・アカデミー展に出品しました。

そのころイギリスでもっとも評価されていた風景画は、クロード・ロランに代表されるような古典文学や聖書の人物が描かれたものでした。それに対し、カンスタブルが描いたイギリスの身近な光景は、古典を描くイタリア的景観の規範から逸脱しており、世に認められるまでに時間を要しました。

カンスタブルが描いたのは、人間と自然の営みが調和した理想郷でした。その作品はその後のバルビゾン派や印象派の画家たちにも影響を与えています。