バロック

バロック

ルターの免罪符批判に端を発したプロテスタント陣営からの攻撃は、教皇庁に深刻な打撃を与えました。それに対抗するために、教皇庁は組織の改革を断行し、権威の回復を目指しました。

カトリック教会は宗教改革に対抗すべく、「教会の勝利」の視覚化を図り、多くの聖堂や宮殿が新築あるいは改築されて壮麗さを競いました。

豪華絢爛さを演出するために、絵画・彫刻・建築が一体となって見る者を圧倒するような効果が追求されました。こうして誕生したバロック様式は、激しい動勢や強烈な明暗表現などを特徴としています。

美術のパトロンとして目覚ましい活動をした教皇庁は、17世紀半ば過ぎには財政的に窮状に陥ります。かわって台頭してきたのが、強力な国家体制を作り上げた専制君主でした。

フランス国王ルイ14世は、壮大なヴェルサイユ宮殿を完成させ、他国の国王や領主もこれに倣った豪華な宮殿を造営しました。

しかし、プロテスタントが多数を占めたオランダでは、カトリックの国とは異なった独特の市民文化が展開しました。

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