ドイツ・ルネサンス

ドイツ・ルネサンス

15世紀のヨーロッパは、戦乱、動乱、疫病、飢餓に見舞われました。16世紀のドイツでは死の舞踏の主題が流行するなど、社会は不安と閉塞感に満ちていました。

そのような中、デューラー、グリューネヴァルト、クラナッハ、ホルバインらは、それぞれ独自の様式を生み出しました。

ゴシック様式が多分に残る北方に、イタリア的な人文主義の観点が取り入れられたのです。

デューラー

アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)

Albrecht_Dürer_-_Selbstbildnis_im_Pelzrock_-_Alte_Pinakothek

  • 当時の画家としては珍しく何枚もの自画像を描いています。有名な1500年の自画像では、聖画像や墓碑にしかなかった真正面からの向きで描き、キリストと重ね合わせるような表現を用いています。
  • ドイツの木版画とイタリアの銅板画の技術を融合させ、木版画『黙示録連作』や銅版画『メランコリアⅠ』をはじめとする版画は、イタリアにも影響を与えました。
  • 『人体均衡論』などの美術理論書も著し、ドイツ美術の後進性を打破する使命感を持って活動しました。
Biography
  • 1471年 ニュルンベルクに金細工職人の子として生まれる。
  • 父の工房で働き、ミヒャエル・ヴォルゲムートに絵画の基礎を学ぶ。
  • 1490-1494年 当時の習慣にしたがって、ドイツ、スイス各地へ遍歴修行に出る。
  • 1494年 ニュルンベルクで銅細工師の娘アグネス・フライと結婚するが、2ヶ月後にヴェネツィアへ赴く。
  • 1495年 ニュルンベルクに戻って、自身の作業場を持ち、木版作品を制作する。
  • 1505-1507年 2度目のイタリア滞在。祭壇画などを制作するかたわら、ジョヴァンニ・ベリーニと親交を結ぶ。
  • 1507年 ニュルンベルクに戻る。ルネサンスの人体表現をドイツ美術の伝統に生かした作品を制作し、ドイツ・ルネサンス最大の画家となる。
  • 1520-1521年 終身年金の申請のためネーデルラントへ行く。
  • 1528年 ニュルンベルクで死去。56歳。聖ヨハネ聖堂に埋葬された。
代表作