初期フランドル美術

初期フランドル美術

初期フランドル美術は、ブルゴーニュ公国の支配下に花開きました。

フィリップ豪胆公が統治したブルゴーニュ公国は、まず首都ディジョンを中心に発展しました。

ディジョンの宮廷には、フィリップ豪胆公とその息子ジャン無畏公が芸術を保護したことにより、メルキオール・ブルーデルラムやジャン・マルエルら、フランコ・フラマン派の芸術家が集まり、華やかな国際ゴシック様式を展開しました。

その後ブルゴーニュ公国の勢力がネーデルラント地方に延び、フィリップ善良公の時代にはブリュッセルに遷都し、フランドルの各都市が美術の中心になりました。

写実の追求は、1420年代になってフランドルに舞台を移して繰り広げられました。

その最初の担い手は、かつては名前がわからず「フレマールの画家」と呼ばれたロベール・カンパンでした。

カンパンは、トゥルネに工房を設けた市井の画家で、その弟子の一人にロヒール・ファン・デル・ウェイデンがいました。

カンパンの写実の描写は、弟子のロヒールばかりでなく、ヤン・ファン・エイクにも影響を与えました。