歌撰恋之部 物思恋

Utamaro_Reflective Love (Mono omou koi), from the series Anthology of Poems The Love Section (Kasen koi no bu)

作品詳細

  • Title:歌撰恋之部 物思恋 Reflective Love (Mono omou koi), from the series Anthology of Poems: The Love Section (Kasen koi no bu)
  • Artist:喜多川歌麿 Kitagawa Utamaro
品よく結いあげた島田髷と剃り落された眉毛とにより、商家の若妻と想像されるこの図の女は、たゆたげに頬杖をつき、目を細めて放心の表情をつくっている。いまだ嫁ぎ来ぬ青春の思い出を遠くなつかしんでいるのだろうか、それとも、許されるはずもない不倫の恋に想いを馳せてでもいるのだろうか。現実に満たされぬ空虚な倦怠感と、秘めた心の裡に熱く脈打つ生の鼓動とが、抑制された線と色によって、微妙なバランスをとりながら描き表されている。恋に悩む女の愛すべき心情を、心にくいほどのニュアンスをこめて描きわけた「歌撰恋之部」の連作は、古典和歌集の恋之部になぞらえて題されたものであり、本図のほかに、「深く忍恋」「夜毎に逢恋」「稀に逢恋」「あらはるる恋」の4図がある。歌麿の大首美人画の頂点をなすものであり、寛政4、5(1792、3)年ごろの作と考えられる。春信画の感傷にすぎた抒情性を不満とし、明るく開けた現実の自然景にすこやかな美人群像を解放させたのが、歌麿より1歳年上にあたる鳥居清長であった。清長の楽天的な理想主義は、天明年間(1781~89)の闊達な江戸人の気風によく合致して、その画風は一世を風靡することになる。
清長の学習に習作時期を過ごした歌麿が、寛政年間にはいってその個性的画境を開拓するのは、美人の顔の表情に間近く近接した半身像、いわゆる“大首絵”の形式においてであった。均整のとれた長身の清長美人が、外形の理想美を守って類型的な表情をくりかえすのに代わって、さまざまな女を、奥深くかくされた心理のひだや性格の綾にまで分け入りながら描き出そうとする、透徹した人物描写に進んでいったのである。類から個へ、外形から精神の内奥へと、画家の目は鋭くとぎすまされて女性をみつめるようになった。
本図などは、そうした歌麿の意図をみごとに実現した、会心の作といえよう。(小林)
『原色日本の美術17 風俗画と浮世絵師』